中田航太郎 × 鈴木英雄 — 皆保険が予防を遠ざけるとき
日本では車検に20万円を払う人が、検診のオプション数万円を渋る。3割負担の安心が予防への投資を遠ざけている構造を、鈴木英雄と中田航太郎が解きほぐした。

筑波大学附属病院でつくば予防医学研究センターの立ち上げに関わった鈴木英雄と、Wellness代表医師の中田航太郎による対談の後編にあたる(前編はこちら)。国民皆保険は、なぜ予防への意識を遠ざけるのか。日米の制度比較と情報リテラシーの両面から、構造の核心に迫った。
車検には20万円を払う
中田 予防医療の事業をやっていて不思議に思うのが、日本人の健康への投資意識の低さです。多くの人が車検には20万円くらいの金額を支払いますよね。車検を通さないと公道を走れないというルールがあるからです。それが自分の健康診断でオプションを数万円追加するかを渋ったりする。
鈴木 車検制度は非常によくできていて、法的義務として強制的にメンテナンスをさせています。おかげで日本の中古車は品質が良いと海外でも人気なわけですが、肝心の人間に関してはメンテナンスが個人の自由に委ねられている。受けなくても誰にも怒られないし、罰金もない。この甘さが、日本人の検診離れを招いています。
中田 韓国では、検診を受けるとインセンティブがあったり、逆に受けないと保険料などでペナルティがある制度があると聞きます。日本も検診を受けないと保険料が上がるくらいのルール変更をしないと変わらないのかもしれません。

3割負担が予防を遠ざける
鈴木 日本の国民皆保険は素晴らしい制度ですが、一方で、医療は安いのが当たり前という幻想を植え付けてしまいました。アメリカは医療費が非常に高い。ちょっとした病気で病院にかかると高額な請求が来るので、みんな必死で病気にならないように努力します。
中田 アメリカなら市販薬で済ませるような軽い症状でも、日本では3割負担で安いからと病院に行く。何かあっても安く治せるという安心感があるせいで、逆に病気を予防しようという意識が働かなくなっています。100万円の手術を受けても、高額療養費制度を使えば窓口支払いは数万円で済みますから。
鈴木 お得に感じるかもしれませんが、残りの90万円以上は国(つまり私たちの税金や保険料)が肩代わりしている。あなたの治療に今日これだけの税金が使われましたと明細に記載して可視化するべきかもしれません。そうでもしないと、医療はコストがかかるものだという当たり前の事実に気づくことが難しいです。

予防にお金を払うアメリカの保険会社
鈴木 コスト意識の違いは、保険会社のスタンスにも表れていますよね。アメリカの民間保険会社は、契約者に検診を受けるよう促します。50歳になったら大腸内視鏡検査を無料で提供したりする。保険マーケットの3割くらいが予防医療に転換されているとも言われていて、HSA(Health Savings Account:医療貯蓄口座)のような、健康のために自分でお金を使うと税金が控除される仕組みも整っています。
中田 合理的ですよね。病気になられるより、予防して健康でいてもらった方が、保険会社の支払いが減って儲かりますからね。一方で日本の保険会社は、いまだに病気になったらいくらおりますという事後対応の商品を売るのがメインです。健康になるための投資をサポートする商品が圧倒的に少ない。

中田 国や保険会社が変わるのを待っていては、私たちの寿命が尽きてしまいます。だからこそ今、感度の高い経営者は自ら動いて健康への先行投資を始めています。多くの多忙な経営者の方々が求めているのは単なる検査ではありません。時間と確実性です。
鈴木 私のクリニックでも、自由診療で質の高い内視鏡検査を提供していますが、富裕層の方々のニーズは非常に高いですね。彼らは検査代は安いけど半日潰れて、結果も紙でしか来ない検診を嫌います。一方で、待ち時間なく専門医が診てくれ、結果もアプリで即座に見られる——そんな体験には、喜んで対価を支払います。
中田 予防医療のiPhone化ですよね。最初は高価でも、圧倒的に便利で質が高いものを作れば、富裕層から普及し、やがて一般層にも文化として定着していく。安かろう悪かろうの検診をばら撒くのではなく、まずは質の高いモデルケースを作ることが、結果的に日本の医療レベルを引き上げると信じています。

検診データは縦割りで消える
鈴木 日本には住民検診、職域検診、人間ドックという3つの検診がありますが、これらはデータ連携すらされていません。この縦割り行政の弊害で、経年変化を見逃してしまうリスクがあります。
中田 結局、今の日本では自分の体とデータは、自分でコストをかけて管理するしかないんです。国が守ってくれるという甘えを捨て、車検と同じように、自分の体にも適正な維持費をかける。資産運用や会社の経営には熱心でも、その元手となる自分の体のマネジメントがおろそかでは本末転倒です。このマインドセットの切り替えができるかどうかが、10年後の健康、ひいては資産状況を決定づけるはずです。
会社が変わればデータは消え、引っ越せばリセットされる。
鈴木英雄

0か1かの極論が拡散される
鈴木 コストに対する意識の低さは、情報の選び方にも表れていますよね。
中田 検診代の数万円を節約し、ネット上の無料の医療情報を鵜呑みにしてしまい、結果的に寿命を縮めてしまうケースも少なくありません。
鈴木 現場の医師として警鐘を鳴らしたいのは、SNSや一部の書籍で広まっている極端な医療否定論です。検診は受けるな、薬は全部毒だ——こういった0か1かの極論は、非常に分かりやすく刺激的です。だからこそ拡散されやすい。それを信じて標準的な治療を拒否し、手遅れになってから来院される患者さんを、何人も見てきました。
中田 自分だけが知っている真実を語る情報は、エンターテインメントとしては面白いかもしれませんが、自分の命を預ける対象ではありません。
鈴木 アメリカの富裕層やインテリ層は、健康情報を投資と捉えています。怪しいサプリメントや極端な説に飛びつくのではなく、信頼できる専門医を持ち、データに基づいたアドバイスをもらうために対価を支払う。それが結果的に、もっとも安上がりで確実な方法だと知っているからです。

鈴木 英雄(すずき ひでお)
医療法人桐雄会 つくば消化器・内視鏡クリニック 理事長
1994年筑波大学医学専門学群卒業。米国テキサス大学M.D.アンダーソンがんセンター客員助手、筑波大学医学医療系准教授などを経て、2021年より筑波大学附属病院つくば予防医学研究センター部長(病院教授)を務めた。大学病院では炎症性腸疾患の専門治療や予防医療の最前線を牽引してきたが、「胃がん・大腸がんで命を落とす人をゼロにする」というミッションを実現するため、2023年7月に「つくば消化器・内視鏡クリニック」を開設。長年のアカデミアでの知見と高度な内視鏡技術を活かし、個人のリスクに合わせた「個別化がん検診」の社会実装に挑んでいる。
Wellness
自分の体を、長く見ていくために。
気になる方は、まずはカウンセリングでご相談ください。


