経営にはKPIがある。健康には?
「Dr.中田 The Longevity」新シリーズ第3回。経営はデータで判断するのに、健康は口コミで決めてしまう。そのずれから、健康のKPI経営を考える。
会社を伸ばし、資産を築いた先で、何を目標に生きるのか。新シリーズ「Dr.中田 The Longevity」では、お金、健康、生きがいを入り口に、これからの経営者の生き方を考えていく。第3回のテーマは「健康のKPI経営」だ。
経営者にとって、KPI(重要業績評価指標)やKGI(重要目標達成指標)は共通言語である。売上や顧客数といったゴールを置き、そこから逆算して手前の指標を決める。課題に合わせて戦略を立て、予算を動かす。データをもとに経営するのは基本中の基本だ。生きることも、体と心の経営である。それなのに、健康の話になると急に感覚的になる人が多い。
経営はロジカルなのに、健康は口コミで決める
象徴的なのが会食の場面である。「ターゲットが20代だからTikTokを使う」「60代向けの商材だから新聞広告を優先する」。経営者らしい議論が続いた直後に、誰かが「最近コンビニで見つけたこのサプリ、飲んでたら調子いいんだよね」と言う。すると「良さそうですね、買ってみます」と、何も考えずに決まってしまう。
経営なら、自社の戦略に照らして必要かどうかを判断する。健康のことになると「〇〇さんがいいと言っていたから」で買う。SNSで話題になっていれば、自分に合うかを確かめないまま購入ボタンを押す。

良かれと思ったことが、裏目に出る
1回試して「効かないからやめる」で済むなら、まだいい。中には取り返しのつかないケースもある。
救急の現場で出会ったのは、肺がんで運ばれてきた経営者だった。ゴルフ仲間に勧められたサプリメントを、毎日一生懸命飲んでいたという。喫煙者がビタミンAのサプリメントを摂ると、肺がんのリスクが上がると言われている。知っていれば、たばこを吸う本人は飲まなかったはずだ。
ある人に良いものが、別の人にも良いとは限らない。投資でも、誰かが特定の銘柄で儲けたと聞いて、そのまま買うのは賢い判断とは言えない。すでに値上がりした後かもしれないし、自分の投資戦略に合うとも限らないからだ。
肝臓も同じである。内臓脂肪がつき脂肪肝が進むと、健康診断のASTやALTが上がり、肝臓に炎症が起きる。その状態で、飲み会の前に全員でウコンを飲んで乾杯する。良かれと思った習慣が、傷ついた肝臓をさらに痛めつけることになりかねない。
疲労感が抜けないと相談に来た人が、ネット広告で見つけた疲労回復系のサプリを15錠飲んでいたこともある。疲れの原因は別のところにあり、サプリをすべてやめると症状は治まった。サプリそのものが悪いのではない。必要な人に届けば役に立つが、必要のない人が飲めばマイナスになることがある。
だからこそ、今何を飲んでいるかを把握し、本当に必要かを考え、飲んだ後の変化を追う。病院の問診票で、服用中の薬やサプリを省かずに書くことも、そのデータの一部になる。
健康診断の「判定」だけでは、現在地は分からない
必要なものを選ぶには戦略が要る。戦略とは、理想と現状のギャップを埋める道筋である。現在地が分からなければ、適切な戦略は描けない。
健康診断を受けている人は多い。けれど、そのデータを活用できている人は相当少ないと中田は見ている。A判定なら健康だと安心し、B判定なら酒か体重かと、自分で考えられる範囲で判断する。そしてまた翌年、同じ検査を迎える。
受験に置き換えると分かりやすい。4月の模試でA判定が出ても、2月の本番まで勉強しなければ落ちる。判定は、その時点の評価でしかない。東大を目指しているのに、英語と数学の模試しか受けていなければ、A判定でも理科と国語の実力は分からない。そもそも必要なデータを網羅的に取れているかが問われる。
受験では、合格というゴールがあるから、A判定でも勉強を続ける。健康では、ゴールも現在地も定めないまま進む人が多い。だから戦略が生まれない。
数値の中身と、変化を見る
判定は、誰かがつけた簡易的な評価である。大事なのは中身の数値だ。基準値を超えているかだけでなく、数値同士のバランスや、過去からの変化を見る。
経営でも、売上が2倍になったのにコストが5倍になっていれば、成功とは言えない。売上だけを見れば「A判定」でも、全体で見れば違う。毎年A判定だったのに、がんが見つかり余命を告げられる。そうしたケースの多くは見落としではなく、必要な検査をそもそも受けていなかった設計の問題だと中田は語った。
健康が後回しになる2つの理由
なぜ健康だけ、行き当たりばったりになるのか。1つは、健康が目に見えないからだ。血圧やコレステロール、尿酸値が高くても、よほど悪化しない限り症状は出ない。お金のように、減っていく様子は見えない。
もう1つは、制度の違いである。日本には高額療養費制度があり、70歳未満の窓口負担は原則3割にとどまる。素晴らしい仕組みである一方、病気になっても何とかなるという意識も生みやすい。

原始人のままでいないために
世界では、テクノロジーを使って健康をデータで管理する流れが進んでいる。Apple WatchやOura Ringのようなデバイスで日々の生活を、MRIやエコーで体の中を可視化し、クラウドで管理・分析できるようになった。
かつて多くの人は感染症で亡くなっていた。症状を起点にする医療は、それに合っていた。けれど今、主な死因となっているがんなどの病気は、症状が出にくい。客観的なデータで把握することが欠かせなくなっている。
「トレンドを押さえている」と自信を持って選ぶサプリも、データがなければ勘に頼った判断と変わらない。見た目や匂いで「これは食べられる」「これは危ない」と決めていた原始人に近い。この流れに乗り遅れれば、原始人のようなことになると中田は笑う。
AIの時代にも、タイムマシンはない
ロジカルに考えるには、まずデータを取る。数値を専門家に見てもらい、現状を正しく理解する。どうなりたいかを決め、その間を埋める戦略を描き、KPIに落として実行と管理を続ける。
将来、データの解釈や戦略づくりは、ある程度AIが担えるようになるだろう。それでも、過去のデータは後から取り戻せない。3年前に検査を受けていなければ、3年前の自分のデータは手に入らない。比べる材料がなければ、変化は読めない。仕組みが整ったときに病気になっていては遅い。
データには鮮度もある。経営に年1回の決算書と毎月の試算表があるように、健康にもリズムがある。全身の画像検査など網羅的な検査は年1回、血液検査は半年に1回、歩数や睡眠時間はデバイスで毎日。どのデータを重く見るかは人によって違う。そのバランス感覚が大事だという。
健康寿命も経済寿命も、KPIで守る
お金と時間を使って健康に取り組んでも、設計が間違っていれば努力は意味を持たない。むしろ悪い方向へ進むこともある。仕事のKPIを細かく管理している人ほど、自分の健康寿命と経済寿命にも同じ視点を向けてほしい。中田は対談をそう締めくくった。
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