防ぎ得た後悔をなくす — 治療を待つ医療から、人生に伴走する医療へ
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Doctor · 予防医療

防ぎ得た後悔をなくす — 治療を待つ医療から、人生に伴走する医療へ

株式会社ウェルネス代表取締役医師、中田航太郎。救急の現場で「防ぎ得た後悔」を見続け、病気を治す医療から、病気にさせない医療へと転じた。ウェルネスという会社の原点と、その先に描く未来を語る。

Wellnessのシンボルの前に立つ中田航太郎

「先生のようになりたい」——4歳の喘息が教えた原点

1991年、千葉県に生まれた。外科医の父の仕事で0歳のときに渡米し、4歳で日本に帰国した直後、環境の変化から喘息を発症する。入院を繰り返す不安な日々を支えたのは、担当医の存在だった。

治療が効いていることもあったけれど、その先生と話すこと自体が、僕には救いだった

中田航太郎

安心感を与えながら、会うたびに支えてくれる存在。「この先生みたいになりたい」。それが医師を志した4歳の原点であり、のちにたどり着くパーソナルドクターという仕事の本質と、静かに重なっていく。東京医科歯科大学(現:東京科学大学)医学部に進み、医師としてのキャリアを歩み始めた。

窓辺のソファに腰掛ける中田航太郎

防ぎ得た後悔をなくすために

転機は、大学5年からの臨床実習だった。救急の現場に立つと、健康を失ってから病院に来て、そこからお金や人脈を駆使して健康を取り戻そうとする患者と日々向き合うことになる。来るタイミングが悪く命を落とす人。命は助かっても、一生激しい運動ができなくなる人、好きな国に旅行に行けなくなる人。

「もっと早く来ていれば」——その一言を、何度も聞いた

たとえば大腸がんは、ステージ0や1で見つかれば95%近くが治る。だがステージ4まで進行すると、5年生存率は18%まで落ちる。差を生むのは医師の腕ではなく、いつ気づけたかだけだ。

来るタイミングが遅ければ、どれだけ名医を探しても元には戻らない。病院で患者が来るのを待つ、これまでの医療のモデルに限界を感じた中田は、学生時代から1日1本予防医学の論文を読むと決め、予防医学が進んでいるアメリカへ留学する。現地で目にしたのは、「この薬は本当に必要か」「なぜ朝ではなくこのタイミングなのか」と、自分の体に関心を持つ患者たちの姿だった。「病気になってから病院で治す」日本と、「自分の健康は自分で守る」アメリカとの意識の差を目の当たりにし、2018年6月、株式会社ウェルネスを創業した。

ヘルスからウェルネスへ——医師の役割を再定義する

社名に込めたのは、医療の目的そのものを問い直す思想だ。従来の医療が目指してきたのは「ヘルス」、つまり数値が異常値でないこと、症状がないことだ。検査で異常があれば、それを元に戻すための薬やアドバイスを提供する。それが、これまでの医療のあり方だった。しかし救急総合診療医として数え切れないほどの最期を見てきた中田は、あることに気づく。「本当に多くのお金持ちだったりすごい名誉を持った人たちが最後を迎えるのを見て、本当にお金や物的なものはあの世に持っていけないなと痛感しました」。

「いい人生だったな」と思って亡くなる方は、たくさんの思い出を作り、いろんな素敵な人と出会った人だった。

だからウェルネスは、病気にさせないことをゴールに置かない

ウェルネスが掲げるのは、ただ寿命を延ばす「予防1.0」、健康に動ける時間を延ばす「予防2.0」の先にある、いい人生を送れているという実感そのものを延ばす「予防3.0」だ。現在は1,200名を超えるエグゼクティブに50名を超えるパーソナルドクターが伴走し、専属医師が年2回の検査データをもとに、一人ひとりのライフスタイルや価値観に合わせて健康戦略を設計している。

お金、車、時計、不動産といった「有形資産」ばかりに気を取られる現代人に、中田は警鐘を鳴らす。「実際には無形資産と言って目に見えない資産がものすごく重要です。健康はもちろんそうですし、健康だからこそ得られる体験だったり人間関係、家族や友人、仲間みたいなものを得られているかどうか、こういうものの全てのトータルが人生の豊かさだったり人生で得た資産の合計になります」。

戦略なき戦術の危険性

戦略なき戦術は、無意味どころか有害にもなる。世の中の健康情報の多くは、糖質制限やサプリメントといった「戦術論」に偏っている、と中田は指摘する。

会社の事業計画や資産のポートフォリオには明確な戦略を持っているのに、なぜ自分の体だけは目についた戦術に飛びついてしまうのか。健康を守る戦略は、100人いたら100通りある。

経営に戦略があるように、人生にも健康の戦略が必要

中田航太郎

戦略の出発点になるはずの人間ドックも、多くは「日本人に多い疾患を、限られた予算の中で標準的にスクリーニングする」ためのパッケージに過ぎない。どの検査を、どの頻度で、どんなリスクを踏まえて受けるべきかは、本来一人ひとり異なる設計が必要だ。にもかかわらず、「人間ドックでA判定だったから大丈夫」という声は多い、と中田は言う。

A判定とは「受けた検査の範囲内に異常が見つからなかった」という意味に過ぎず、健康の証明ではない。何を検査したかで、判定の意味は180度変わる。

日本の医療制度の壁

日本で予防医療が広がってこなかった背景には、制度上の壁がある。保険診療は3割負担。患者の自己負担が3割に抑えられているため、予防よりも安価に受けられる治療にインセンティブが働きやすい構造になっている。加えて、法律により、保険診療の枠内で予防的なアドバイスをしても、点数はつかない。

「戦略的予防医療という、まだ問題が起きていないことを事前に防ぎにいくという発想が、医療現場から生まれないような構造になっています」。この構造そのものを、業界の外、起業という形で変えようとしたのが、中田の選んだ道だった。

Wellness 8th Anniversaryのスクリーンを背に、会場に集まった人々

「かかりつけ医」ではなく「Life Crew」として

かかりつけ医とパーソナルドクターは何が違うのか、と聞かれることも多い。「かかりつけ医は『問題が起きたときに相談できる人』です。『問題が起きないよう設計してくれる人』ではありません」。そこにあるのは、医師と患者という上下関係ではない。

パーソナルドクターとクライアントの関係は、良い人生を送るための戦略的パートナー

中田航太郎

中田はその存在を「Life Crew」と呼ぶ。あなたの人生という長い航海を、共に進む乗組員という意味だ。「皆さんの人生という船旅に一緒に乗る存在として、一緒に皆さんのいい人生をサポートできればと思っています」。人は「自分は大丈夫だ」と錯覚してしまいがちな生き物だ、と中田は言う。正常性バイアスと呼ばれるこの心理は、健康において特に強く働く。中田自身、「病気であと数年以内に死んでしまう確率だってゼロではない」と言い切る。だからこそ、いつ何が起きても後悔のない状態を、日々つくっておく。

「診る」から「伴走する」へ——空間とコミュニティに込めた思想

この思想は、言葉だけにとどまらない。2025年9月、会員専用の完全非公開サロン「Wellness Dr.'s Office」を開設した。設計を手がけたのは、吉田愛・谷尻誠率いるSUPPOSE DESIGN OFFICE。医師と患者が向かい合う診察室特有の無意識の上下関係(パターナリズム)を見直し、横並びで語り合える椅子を採用するなど、空間そのものから「対話のための場」を再構築している。

白い十字のシンボルが灯る空間に集うメンバー

さらに、健康は個人の努力だけでなく「誰と過ごすか」という環境にも左右される。その考えのもと、会員限定の「Wellness Community」では、食事会やゴルフ、サウナ、ファスティングなど、多彩な体験を提供する。周囲の環境を整える「0次予防」の実践であり、同じ価値観を持つ仲間との出会いそのものが、会員にとっての資産になっていく。

この哲学に共鳴する会員は多い。ある投資家の会員は「自分の体は、人生でたった一つしかない資産だ。正しい習慣を積み重ねれば、加齢に抗う大きな資産となる」と語り、あるスタートアップ経営者の会員は「経営者のコンディションの良さが、意思決定のスピードと質を変え、会社の成長を加速させる」と話す。会員の8割を経営者が占め、30〜40代を中心に世界17の国と地域に広がる。健康を「資産」として捉える価値観が、業種や国境を越えて浸透しつつある証だ。

雪山を背に、雪原に集まったAVANTOの参加者たち
会員コミュニティのイベント「AVANTO」

ウェルネスが掲げるミッションは「Wellness for All」。すべての人が、自分らしく、より良く生きられる世界を目指す。そしてビジョンには、こう刻まれている。「予防医学の力で、防ぎ得た後悔をなくす。」毎日1万5000人が救急車で運ばれる社会で、「失ってから気づく」をなくすこと。それが、この会社の存在理由だ。

中田が見据える10年後の景色は、もっと大きい。治療を待つ医療から、人生に伴走する医療へ。中田航太郎という一人の医師が起業家に転身したのは、目の前の一人を救うことよりも、医療という構造そのものを変えることの方が、結果としてより多くの人を救えると信じたからだ。

「防ぎ得た後悔をなくす。これが、私が医師を続ける理由です」

Profile

中田 航太郎(なかだ こうたろう)|株式会社ウェルネス 代表取締役医師。1991年、千葉県生まれ。4歳のときに喘息で入院した際、担当医への憧れから医師を志す。東京医科歯科大学(現:東京科学大学)医学部卒業後、救急総合診療に従事。多くの患者と接する中で「防ぎ得た後悔」をなくしたいと考え、2018年6月に株式会社ウェルネスを創業。予防医療サービス「Wellness Membership」を提供し、現在は経営者や芸能人を中心に1,200名以上のエグゼクティブの健康をサポートしている。情報経営イノベーション専門職大学「iU」客員教授。著書に『人生100年時代を元気に生き抜く 医師が教える経営者のための「戦略的健康法」』がある。

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